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歓喜と落胆の狭間で
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/sports/highschool_baseball/

甲子園、駒大苫小牧高校が夏の高校野球二連覇。その瞬間をテレビで目の当たりにしたときは、素直に「すごい」と思った。前回大会優勝校としてのプレッシャーは地区大会のときから感じていただろうし、大阪桐蔭など強豪校ともまともにぶつかりあった。いくつものハードルを乗り越えての堂々の優勝は、地元北海道で応援していた多くの人々に祝福されて当然の結果だった。

テレビでも地元の人たちの喜びようを伝えていたんだが......正直なところ、ちょっとオーバーすぎる気もしたのは確か。北海道に住んでいる者として、嬉しい気持ちはもちろん分かるんだけど......
「本当に感動しました。夢を与えてくれました......」なんて言って号泣してるおばさんの姿を見たら、さすがに引いた。選手の親でもなんでもない、フツーのおばさんがそこまで泣くか?駒大苫小牧の選手たちは、地元の人たちのためにプレーしてるわけではないんじゃないかと思うんだが......

......などと複雑な思いを抱いていた矢先の、例の暴行事件発覚。「祝勝ムードに水をさした」なんていわれるけれど、もともと過熱気味だったからちょうどいいんじゃないかなんて気もしたりして。
まぁ暴力をふるったのは部員じゃなく野球部長であるらしいし、被害者の部員もレギュラーではなかったようなので、そこまで深刻な問題でもないのでは......なんて書いたら怒られるのか?
ここまで騒がれるのは、要するに駒大苫小牧が優勝校だからであり、しかも夏の大会二連覇なんて離れ業をあっさりやってしまった直後だからなんであって、体罰とか暴力問題に発展しそうな事例は甲子園を目指すような強豪校ならどこにでもありそうなものなんだが。

だいたい、どこまでが「指導」でどこからが「暴力」なのかの基準も曖昧なのだ。言ってみればひっぱたかれた生徒の親が、訴えるか訴えないかの違い。何の落ち度もない生徒を殴る教師なんて、今どきそうそういるとも思えないんだが。
今回暴力を受けたという駒大苫小牧の部員は、練習中にエラーをしたにもかかわらず歯を見せてへらへらしていたという。そりゃ誰でも殴りたくなると思うんだが。まぁ怪我の具合からしてやりすぎだったのは確かなんだろうけど。
こういうのって結局はどっちもどっちで、判断が難しいんだよね。
この辺を読むとさらに考えさせられます↓
http://www.sanspo.com/top/am200508/am0824.html

学校側の発表のタイミングも悪かった。野球部長に暴力をふるわれたと被害者の親から報告されたのが8月8日。学校側は、この件についての処理は大会後にするつもりだったらしい。校長も、まさか優勝するとは思っていなかった?

いろいろ考えさせられることの多いこの騒動。学校にとってはイメージの悪化は否めないし、来年のセンバツ出場も微妙になってきたらしいけど......過熱気味だった道民も、これで少しは冷静になれたのでは?
まぁ過度に落胆する必要もないだろう。優勝したのは事実だし。別にドーピングして優勝したわけじゃないんだし。
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【2005/08/24 15:54】 | スポーツ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
凡将どもが集いし戦場(1)
どうもです。初ブログでございます。
とはいっても、ブログの定義についてさえ未だ確信が持てない有様...
基本的には、ホームページには載せていない長めの文章を、書きたくなったときにこちらに綴っていくというカタチになると思います。更新はあまり頻繁には出来ないかもしれませんが...よろしければお付き合いくださいませ。

さて、初テーマは「郵政解散」に関して(分かりにくいタイトルでしたが)。正確に言えば、郵政民営化法案否決による衆議院解散前後の政局の混乱、そして来月の総選挙へ向けた各勢力の動きに関して考えたことを書いていこうと思います。

とにかく、近頃の政治に関する報道の中で、今回の郵政法案をめぐる問題ほど見ていてイライラするものはなかった。マスコミは、どのメディアを見ても相変わらずの小泉叩き。日本の報道メディアというのは、どうしてこう揃いもそろって愚かなのか。小泉首相がその性格、理念、言動などからしてマスコミの格好のターゲットだというのは分からなくもないが...今までそういったメッセージを強く表明できるリーダーが居なかったのだから仕方がないのかもしれない。しかし、マスコミが吠えているほどに小泉首相は人気取りばかり考えている人物でも、小手先の言質でごまかしてばかりの人物でもない。これまで出来なかった構造改革を断行するというメッセージを公約に掲げただけではなく、彼は実際に改革を実行に移そうとしている。これまで殆ど「タブー」扱いにされていた道路、郵政などの事業の民営化や有事対策法案などの重要な政策を、彼以上に現実に実行しようとした首相が近年いたであろうか。無論いなかったし、今現在も彼以外にこうした問題を解決に導ける可能性のある人物などいないのではないか。
だいたい構造改革などというものは、誰がどう考えてもとんとん拍子で進んでいくハズのないものなのだ。かつて中曽根康弘氏が首相であったとき、すでにいわゆる構造改革を実行しようとし、実際当時の国鉄や電電公社は民営化されてJRとNTTに生まれ変わった。しかし、結局中曽根氏は任期中に自分の考えていた改革を全てやり遂げることは出来なかった。それからおよそ20年が経過している。その間故・竹下登氏が消費税導入、故・小渕恵三氏が周辺事態法など重要な懸案を解決に導いたものの、構造改革自体に本格的に手をつけることの出来た政治家は居なかった。

90年代、国民の間にはびこった政治不信もあって日本の政局は混迷を極めていた。そして21世紀を迎えた現在、日本は内政・外交とも、まさに「内憂外患」と言える程ますます困難な情勢に見舞われている。そのような状況下での「改革断行」宣言。首相としてこれ以上ない思い切った決断と言える。故・田中角栄氏以来の「金とコネ」がモノをいう政治の悪弊がいまだに影を落としている中で、構造改革が思ったとおりに順風満帆に進んでいくことなど、絶対に有り得ないのだ。それを「小泉内閣になれば構造改革も順調に進むし、景気も回復する」といったように過度の期待を国民に抱かせたのは、マスコミではないか。それを今になって「小泉首相は口ばかりで何もしていない」と言わんばかりの論調で批判するとは、いったいどういうつもりなのか。

小泉首相は近年では稀に見る、国民の高い支持を得て首相の座についた人物である。その背景にはマスコミが煽った国民的小泉人気があった。政治について興味を無くしていた人たちも、「あの人なら日本を変えてくれるのではないか」と期待を膨らませたのだ。それならば小泉氏が首相としての職務を全うするまで、彼の「改革断行」という強い意志を尊重し、温かく、そして冷静に見守っていくのが本来の報道の在り方ではないのか。せめて、小泉首相のとろうとする政策に対する肯定、否定両方の意見を報道するべきではないか。
今のメディアはどうか。小泉首相の言動の切れ端をとらえてはつまらぬ揚げ足取りに走り、彼が慎重なコメントをするようになると「はっきりしない」「国民を煙に巻こうとする」などとして非難する。これでは明らかに、作為的な「小泉潰し」ではないか。「小泉フィーバー」などと評して小泉人気を盛んに煽っていた頃の報道には、責任を持たないのか。個人情報保護法が論議されていたとき、マスコミ各社は言論の自由を盾にとってこの法案をさんざんに批判していたが、公共のメディアで発した自分たちの言動に責任も持てずに、自由を主張する権利などあるものか。要するに、テレビ局は報道においても視聴率のことしか考えていないのだ。小泉内閣発足当初、まるで国民的英雄と言わんばかりに小泉氏を持ち上げておきながら、人気と期待が最高潮に達したとたんに揶揄と批判を浴びせ、それも飽きられそうだとみると今度は用済みとばかりに引き摺り下ろしにかかる。マスコミのそうしたハイエナのごとき姿勢が、結局は既得権益にしがみつく抵抗勢力に勢いを与え、改革を妨害し、ついには今回の郵政民営化法案否決という事態に至らせたのである。テレビ報道は政治の本当の姿を国民に伝えようなどとは露ほども思っていない。報道の正義など在りはしない。

思えば、故・小渕恵三氏も首相在任当時はマスコミにこれでもかとばかりに批判されていた。しかし故人となった現在、国家を左右する重要法案を次々と成立させた有能な政治家としてその功績を評価されている。
鯨と英雄は死んでからこそ利用価値があるという。小泉純一郎氏も、いつか首相の座を譲った後は「英雄」として教科書に載るようになるのかもしれない。

...書いていくうちに、考えていたこととまったく別の内容になってしまった。本当は亀井静香をこき下ろすつもりだったのに...
これだから長文は難しい。でもこのテーマは続きます。
【2005/08/23 11:32】 | 時事・政治 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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