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凡将どもが集いし戦場(2)
小泉自民が圧勝=与党320議席超、政権継続-民主は惨敗・衆院選開票

哀れなるかな、凡庸なる諸将の末路。
…正直、自民党がここまで圧勝、というか「爆勝」するとは思ってもみなかった。投票日前に民放各局がこぞって流した「自民党優勢」の報道がマイナスに働くのではないかと懸念していたんだが…
まったく、小泉首相は大衆心理をつかむ術を良く心得ている。選挙の争点を郵政民営化一本に絞って、国民の審判を仰ぐというメッセージは有権者の投票意欲を絶妙にそそり、強力な追い風を吹かせたといえる。しかしながら、この選挙戦術は民主党や造反組が言うような人気取りや一時の方便では決してない。郵政民営化を何としても実現させるのだという、小泉首相の揺ぎ無い強固な意志が結果的に国民の多くの支持を取りつけることになったということではないだろうか。東京10区立候補の小池百合子氏が当選後に語った「風は自分で巻き起こせ」という言葉は、まさに当を得ていたと言える。
それに比べれば、民主党の岡田代表が繰り返し叫んでいた「政権交代」という言葉は、なんとむなしく響いて聞こえたことか。民主党が政権交代を狙っているというのはもはや当たり前のことで、国民が知りたいのは政権を獲得した後にいったい何が出来るのか、小泉首相が出来ないことを果たして民主党が本当に実現可能なのか、ということなのだ。それを示すことが出来なかった(というよりはもともと何も出来やしないのだが)のは、彼らにとって致命的な敗因だったと言えよう。
「大衆は利口ではないが、馬鹿でもない」というのは田原総一朗氏の言葉だが、全くそのとおりであるかもしれない。有権者は決して小泉首相に乗せられたわけではなく、最低限見るべきところはきちんと見ていたのだ。

それにしても、投票日から一日経って…次々に報道された民主党や造反組の「敗者の弁」は、とにかく笑えるものが多かった。

疲労の色で「辞任する」=「これが国民の選択」-メディア批判も展開・岡田代表

「政策を訴えても、うまくメディアに載らないと、伝わらない。刺客騒動などに目が行きがちだった」(岡田克也氏)
あれあれ?前回の衆議院選挙の時、自民党議員が「メディアの報道が我々に不利な影響を及ぼした」とこぼしたのに対して「それは責任転嫁だ」と言って非難していたのは民主党のほうじゃなかったっけ?(笑)
そういや東京18区で辛うじて当選した管直人前代表も「今回メディアが弱かった。政策をきちんと伝えるのはマスコミの役目」などとのたまっていたけれど、民主党ってのはマスコミの力を借りないと何にも出来ない政党なんですか?(笑)
まぁ民主党なんてのは、小泉首相という「光」がな存在しなければ目立つことすら出来ない「影」に過ぎないわけで…己の非力をようやく認識した、といったところでしょうか。でも気付くのが遅すぎるよ、自意識過剰集団め(笑)

さて、次は造反組。

マインドコントロールかけた=自民の手法を批判-国民新党

「新しい国家像を示さず、政策議論もない」
「国民をマインドコントロールした」(綿貫民輔氏)

「殺し屋か刺客か知らないけれど、そんなことをやっていていいのか。そういう自民党が日本をきちんとリードできるのか」(亀井静香氏)
…綿貫氏のコメントに対しては「そっくりそのままお返しします」と言いたいところだ。新しい国家像を示してないのはむしろ綿貫氏らのほうで、反小泉、反郵政改革でしか自分達の存在意義を示せない人たちに今の自民党を批判する資格などありはしない。マインドコントロール?そういうコメントを繰り返して「小泉首相=独裁者」というイメージを有権者に植え付けようとすることこそ「マインドコントロール」ではないのか。
あと「刺客」とか「殺し屋」という言葉を使ったのはそもそも亀井氏らであり、それをマスコミが面白がって取り上げたに過ぎない。自民党は、郵政民営化賛成の候補者を送る際に「刺客を送ります」などとは一言も言っていないのだ。当然だけど。特に「殺し屋」などという表現は、名誉毀損にもなりかねない大変失礼な表現であると言っておきたい。郵政民営化の必要性を主張する候補者を立て、有権者に選択肢を示すという自民党執行部の意向は筋が通っており、何ら非難されるいわれは無いのである。だいたい、元々郵政民営論者だった小泉首相を総裁として認めておきながら、法案に対して反対票を投じること自体論理的におかしいのだ。党にとって造反というものがいかに重い罪であるかということくらい、綿貫氏や亀井氏のような古参ならば十分承知しているはずだ。小泉首相をあまりにも侮ったがゆえの無残な結果であると言わざるを得ない。
というか、単に自分が総裁になりたかっただけでしょう、亀井氏は。

小池氏、涙で万歳=「国民金縛り」小林氏ぶぜんと-東京10区

「郵政改革イコール国の改革という作られたようなストーリーに、国民は金縛りにあった。努力はしたが一個人ではどうしようもない」(小林興起氏)
…とりあえず、「金縛り」という表現はどうかと。小泉首相は国民に対して何も強制はしていない。「郵政民営化、是か非か」と言っているだけなのだから、反対ならば自民党の候補者以外の人に堂々と投票すればいいのである。小林氏のコメントをそのまま受け取れば「国民に郵政民営化YESかNOかと問えば、みんなYESと言うに決まってるじゃないか」と言っているようにしか聞こえない。
どうも造反組の面々は、小泉首相=権力者VS自分達=反権力、という構図を作りたがる傾向にあるようだ。だが、首相って本当に権力者なのか?自分達が総裁の椅子に据え、国民からの高い支持を自分達の選挙に利用しようとしておきながら、党の公約でもある構造改革の足を引っ張った挙句に「独裁者」呼ばわりとは…虫が良いにもほどがある。新党ついでだ。

「終わりの始まりの日」 新党日本代表は首相批判

…「終わりの始まりの日」…全然意味不明です。やっぱ恥ずかしげも無くニッポンニッポン叫んでるような奴等はダメだな。

現有超え、笑顔で会見=土井氏落選「悔しい」-福島社民党党首
「確かな野党」届いた=「善戦」と志位共産党委員長

まぁ、このへんは勝手にやっててくださいって感じですね(笑)
「確かな野党」なんて言ってるけれど…政権獲る気も無く、未だに改憲反対などと現実離れした妄言を繰り返すしか能の無い政党に、存在価値なんてあるのでしょうか。

とまぁこんな感じで、自民党は爆勝、民主党は惨敗、その他は問題外(笑)というなかなか楽しい結果になりました。マスコミ連中も評論家も、誰もこんな結果になるとは予想していなかったようで…テレビでのいろんな人の困惑したコメントも笑えるものがあった。
しかし、何の番組で誰が言ってたのかすら忘れてしまったけど(確かオバハン)、「有権者がまだ成熟していなかった」というコメントをしていたのには久々にカチンときた。もうね、いったい、何様のつもりかと。「郵政民営化断行」という強いメッセージを発し続けた小泉首相に対し、民主党はじめ他の野党が何ら具体的な対案を示せなかった、その部分を国民がしっかり見極めていたことこそが今回の総選挙に結果につながったのだ。だいたい、こういうことを言うヤツに限ってもし民主党が勝っていたら「やはり国民はちゃんと見ているんですよ」みたいなコトをほざくに決まっている。成熟していないのはこういうテレビに出てくる自分の考えのみにゴリゴリに凝り固まったコメンテーターであり、こうした連中の無責任で無知な発言が視聴者を惑わせ、結果として国民を政治への正しい理解からますます遠ざけていくのだ。
「自民党は本当に生まれ変わったのか?」というコメントも今日一日いろんな番組で聞かれたが、本当に生まれ変わるべきはテレビ報道を中心としたマスコミの体質なのである。
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【2005/09/12 23:00】 | 時事・政治 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
映画レビュー:『ゴジラ FINAL WARS』

2004年公開
脚本:三村渉 、桐山勲
監督:北村龍平
特技監督:浅田英一
音楽:キース・エマーソン

評価(5点満点):★★★

ファンとしては今更な感も否めないが、DVDで観ました。サイトを見てまわっても、ずいぶん評価の分かれる映画。ま、そうでしょう。北村龍平に撮らせたらこうなりました、って感じの作品なんで。
大まかな傾向としては、古くからのゴジラファンにはどうもウケがよくないらしい…でも、そんなにヒドイか?少なくとも退屈はしないように作られてるとは思うんだけど…

とはいえ、予告編を見てひたすらガックリきた筆者としても評価の難しい映画ではある。何故ガックリだったかと言えば、やっぱりアクションシーン。本編を見てもひたすら気になったのは、これでもかとばかり続くアクションシーンの連続だった。ケイン・コスギの暑苦しいアクションとか、別に今さら見たくもないのである。しかも『マトリックス』ばりのカメラぐるぐる視点とか、日本刀持った女の子とか…北村龍平という人は、やはり何か勘違いしているとしか思えない。ああいう感じのアクションシーンを入れればどんな映画でも客は大喜びすると思っているのか、それとも自分の撮った映画を観に来る人間は全員自分の大ファンだと思っているのか…いずれにしても大きな間違いである。だいたい、この映画は『ゴジラ』映画なのだ。人間同士のバトルやアクションに期待して観に来る客など一人もいないし、たとえそれが素晴らしいモノだったとしても観た後の満足度を上げるのには少しも貢献しないのである。

そうは言っても、予告編を見た時点での(最低に近い)期待度に比べれば、本編はそれほど酷くもなかったというのが正直な印象。以下、ポイントごとに少し詳しく書いてみる。

設定について。
X星人と轟天号を物語の主軸に据えたのは、東宝特撮ファンへの配慮(というかウケ狙い?)だろう。設定としてはそれで十分だったのに、ミュータントなどという余計なものを加えたものだから話がややこしくなった。どう考えてもアクションを入れたいがための設定である。そのせいでただでさえ登場怪獣が多いのにゴジラの出番はもっと少なくなり、ファンの期待する都市破壊シーンや怪獣バトルのインパクトも薄れてしまった。本末転倒もいいところ。
まぁその他に関しては、話が単純なだけに矛盾も破綻も少なく、10匹以上の怪獣が登場することについても「ゴジラVSX星人の操る怪獣」という構図なので大変分かりやすい。モスラと小美人は結局何のために出てきたのかさっぱり分からないが。

配役、演技について。
いかにも予算をじゃんじゃん使ったという感じのキャスト。宝田明、水野久美といった俳優陣は昔の特撮ファンには嬉しいし、中尾彬&上田耕一の「Gフォース」コンビは平成VSシリーズに馴染んだファンにアピールしたものだろう。懐かしいだけでなく、彼らの演技力は流石なものでメインストーリーを盛り上げるのに一役も二役も買っていたといえる。
しかしメインキャストも負けてはいない。主役の松岡昌宏はアクションも台詞も練習したのがよく分かる健闘ぶり。水野真紀はいかにも、といった感じの女性キャスターながらソツなくこなしていたし、大佐役ドン・フライの傍若無人ぶりもなかなか笑えるものがあった。だが、なんと言っても素晴らしかったのはX星人統制官役の北村一輝。前統制官役・伊武雅刀の知的なキャラと好対照を成す、力任せのいかにもな悪役を見事に演じきっていた。とくにあの独特の不気味な笑みは、他の役者には真似の出来ないインパクトがある。この映画の最大の救いは、ひょっとしたらこの人の演技かもしれない。
ところが、こうした俳優陣の頑張りを台無しにしたのが二人いた。一人はヒロインの菊川怜で、相変わらずメリハリのないド下手な演技。もう一人はケイン・コスギ。カタコトの日本語で話をややこしくした挙句、とってつけたように敵の宇宙船に特攻して終わり。はっきり言ってアクションのためだけに出てきたとしか思えない。こいつらに関してはもう演技の良し悪し以前に、キャスティングのミスと言えるだろう。

特殊撮影について。
こっちもいかにも予算をつぎ込んだ感じで、序盤からやたらと爆破シーンを連発する。ビルの破壊の際に大量の破片が飛び散る描写など、意欲的ではあるのだが…派手な破壊シーンもあれだけ連続されると、個々のシーンの印象が薄れてしまう。特撮映画独特の、スローモーション撮影があまりなかったせいかもしれない。スピード感を大事にしたのだろうが、ビルやコンビナートを破壊しているのになんだかアクション映画の爆破シーンと印象が変わらないのである。カメラワークにしても、アクティブに動かすのはいいのだが、あまりにも慌ただしすぎて見ていて疲れる。ぐるぐる回せばいいというものでもない。「独特の映像センス」などと評価される北村監督だが、ようするに特撮映画をよく分かっていないのではないだろうか。
あと酷いのは造形だ。ガイガンに力を入れたのをアピールしたいらしく(確かに良い出来だが)、序盤からやたらとガイガンを前面に押し出しているが、他の怪獣をテキトーに作ったのをカムフラージュしたいのでは?と思えるほど、他の怪獣のデザインが酷い。クモンガは昔の醜怪さが無くなったうえに、口から吐くのはまるで果物入れのようなテキトーなネット。カマキラス、ヘドラは中途半端にデフォルメされてインパクトが無いし、ラドンも翼がツルツルの生地で出来ていて何だか安っぽく見える。肝心のゴジラも…「今まではあんな動きは出来なかった」などと、特技監督は動きやすさを執拗に強調していたが、普通にデザインとしてみたらハッキリ言ってガリガリで迫力不足である。映像においてスピード感を強調するのはひとつの方法ではあるが、そのために主役とも言える怪獣たちの造形美を犠牲にしていいものなのだろうか。
あと、アンギラスはアルマジロじゃなくてアンキロサウルスなんだけど…どうでもいいか。

音楽について。
音楽担当はキース・エマーソン。ロック・キーボーディストとして有名なだけあって、ハード・ロック的、ドラムン・ベース的な楽曲が劇中絶えず鳴り響く。曲としては文句無くカッコいいのだが…映画音楽としてどうなんだろう?スピード感のある映像にさらに拍車をかけていたのは間違いないのだが、うるさく感じることも少なくなかった。また、静と動のコントラストという意味では、動的映像ばかりを際立たせる結果となり、かえってマンネリ感を招く結果になってしまったかもしれない。
エマーソンは昔からクラシックのアレンジをやっていることだし、伊福部音楽のカバーをもっと入れても良かったのではないだろうか。せっかくオープニングに使ったのだから…

その他。
「ゴジラVSUSゴジラ」の対決、「やっぱりマグロ食ってるようなヤツは…」の台詞は素直に爆笑。また、レイ・セフォーやゲイリー・グッドリッジなどの格闘家が登場していたのも面白かった。こういう遊び要素は手塚ゴジラではほとんど見られなかっただけに、嬉しいポイントである。
そう言えば「地球防衛軍」とか「妖星ゴラス」といった言葉も出てきて…まぁ出てきただけなんだけど。オープニングの轟天号は、クルーといいモニターのデザインといいもろGフォースだし、氷山にミサイルを撃ってゴジラを埋没させる作戦は『ゴジラの逆襲』ですね。ついでにX星人の巨大宇宙船から小型宇宙船が大量に出てきて、その中へ一機で特攻するシーンは…『インディペンデンス・デイ』…北村龍平、そこまでエメリッヒにあてつけるか…

…そんなわけで、評価は無難な★×3に落ち着きました。言いたいことはもうそれこそ山のようにあるけど…まぁ退屈させない要素もふんだんにあって、そこまで酷いものでもない、というか、普通の映画として観ればかなり楽しめるのではないかと。
しかし難しいのは「ゴジラ映画」としての評価。スピード感を大事にしたのは分かったけれど、個人的にはやはり重厚なスタイルのゴジラが観たかった。一応最後なわけだし。それに何度も言うが、アクションを入れたり一度に多くの怪獣を登場させたりしたせいで、肝心のゴジラのインパクトが薄れてしまったのは最大のミスと言える。
まぁ歴代ゴジラはいろいろな監督が撮ってきたわけで、それがシリーズとしての魅力のひとつとも言えるから、「北村龍平版ゴジラ」として観ればそれはそれで良いのだろう。

この作品をもってゴジラシリーズは(何度目かの)終焉を迎えたわけだが、いつかまた復活する日が来るのなら、その時はまた誰も見たことの無い、それでいてファンの心を揺さぶるゴジラの雄姿が見られることを期待したい。
【2005/09/06 14:23】 | 映画 | トラックバック(1) | コメント(0) | page top↑
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